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日々是好日 シンプル生活と子育てとアート

読書と音楽と美術館、ソーイングのこと。時々文楽と心理学。

教育一家に育って

子育て

教育一家に育ち、親戚は教師ばかり。社宅で周りが教育族の家庭ばかりという環境にいた私。

 

知らない人でも、ちょっと話しただけで、親が教師かなとわかってしまう。こんな能力、なんの役にも立たないけど。苦笑

 

不思議なことに、教師としては有能だが、自分の子育てとなると、迷走する例をたくさん見てきた。なんでだろうと、ずっと考えてきた。

 

身もふたもない言い方になるが、

「私は、子どもの資質を見つけ、伸ばすやり方を知っている。」

そういう教師としての自負が、状況をこじらせるのかなと私は思っている。

 

そもそも、そういうのは、親の役割ではないと思う。

それは教師とか、友人の役割だ。

親がやったら意味がないと思うのだ。

 

子どもが、思春期、自分の資質を見つけて、どう伸ばすのか、自分自身で試行錯誤していくことは、とても大事なことだ。

経験を積み重ねて、親から切り離された自分を確認して、自立する自信をつけていくのだ。

 

他人ならまだともかく、親がべったり、そこの世話をしたら、いつ子どもは自立するのだろうと思う。自立のタイミングまで、親が決めるつもりなのか?

 

教師の得意分野だし、やりたくなるのはわかるけど。(私も危ない。汗)

 

結局、ある程度大きくなったら、ほんとに親は子どもに何もできない。見ているだけだ。(時々ブーブー文句たれながら。) 

これ、口で言うのは、ほんとに簡単。でも諦めるのは、ほんとに難しい。泣

 

「親は、子どもを救えません。

また逆に子どもも親を救えません。

親は子どもを変えることはできず、子どもも親を変えることはできません。

これは、ネガティヴで悲しむべきことでは決してなく、

そのくらい親と子は自由であってよいという「救い」でもあるのです。 叶恭子

(すげーな、この人と思う。)